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人は生きていたように死んでいく

2007 - 12/19 [Wed] - 20:00

この日記は、16日(日)に鬱な気分をまぎらわすかのように布団の中でダラダラと(いや、一生懸命)書いたものである。20時00分00秒ジャストに自動投稿なり。



月刊「致知」2008年1月号にこんな事が書いてあった。(茶文字は引用)

 柏木 人は生きていたように死んでいくということです。これは私の実感ですね。

 ですから、しっかり生きてきた人はしっかり亡くなっていかれますし、表現はおかしいけれどもベタベタ生きてきた人はベタベタ亡くなっていく。それから、周りに感謝をして亡くなられるし、不平ばかり言って生きてきた人は不平ばかり言ってなくなっていくんですね。

 地 確かにそれは、人間の真実をついていると思います。

 柏木 このことは、よき死を迎えるためには、よき生を生きなければ行けない、という事を教えてくれていると思うのです。

 では、よき生というのはいったい何か。そこには個人の主幹が大夫はいると思うんです。Aさんにとってよき生とはこういうことだし、Bさんにとってよき生とはこういうふうに、人によって皆違う。ただ、二千五百名の看取りの中で私が感じることは、やはり前向きな人生ということ、それから周りに感謝できるということ。そのふたつに集約されるような気がしてしかたがないんです。

 物事には必ずプラスとマイナスがありますが、物事のプラス面をしっかり見た生き方をしてこられた方々。そういう方々の生は、やっぱり前向きでよき生なんだろうと思うんです。

 それから、感謝というのはとても重要なキーワードだと思うんです。家族に対して、周りの人たちに対して、最後に「ありがとう」と言いながら、そして自分も相手からありがとうと言ってもらいながら生を全うできるのも、よき生だと思うんです。

 そういう生を全うする人を、私は人生の実力者と呼んでいるのです。

 柏木哲夫という方は、簡単に言えば精神科の先生。日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団理事長、それから、金城学院大学学長さんでもあるらしい。このホスピスというのは、死を迎える人の心のケアをする仕事らしい。これまで、二千五百名もの患者さんを看取って、生きる意味を追求してきたという。凄い職業?があったもんだ。死にいく人にどうやって接して、何を語るんだろう。(たしか、こんなような映画を見た気がするけど・・・)

 地三郎(しょうち さぶろう)という方は、社会福祉法人「しいのみ学園」の理事長・園長さんで、百一歳であるが、世界各国に赴き、障害児教育や幼児教育の復旧に奔走しているという。小学校の教員をしていたころ結婚し子供が産まれたが、長男が小児まひ、そして二男までもが小児まひになってしまったという。そして死を思うようなどん底のなか「これではいけない立ち上がれ!」と二男が七歳の時に「この子達が通える学校を作ろう」と、一念発起したそうです。

 百一歳の地さんは、苦労して看病した長男を看取った奥さんや、共に学園といっしょに歩んできた二男、健常だった娘さんもすでにこの世にはいない。でも、妻、長男、娘さんが死んだとき涙しなかったそうです。長男を看取った奥さんは、なぜか涙一つながさなかったとのこと。それは、奥さんに教えられらたのだそうです。こんなふうに書いてある。

 <略>それは、為すべき事を全て為したからだと私は思い至ったのです。わが子のために、あらゆる手を尽くして為すべきと事は為した。だから、悲しむと言うより、送ってやったという言葉がふさわしいのだろうと。

 柏木 心残りは何もない。それくらい誠心誠意看病されたのですね。

 自分は今まで何回も葬式にいったし、51歳だけども3回喪主をしている。それに、人生のテーマ(2007年7月14日)でも書いたように、自分の姉は障害者だった。この手の話はわりとよく聞いていたし、実感?というか、なんだかこういうことは分かっていたような気がしていた。

 でもね、これを読んでいると、自分の生き方はぜんぜん誠心誠意生きていないなぁと思うのです。わりとショック。いずれ自分は死ぬ。妻も死ぬ。こんな事が書いてある。

 柏木 家族が亡くなるとか、結婚した子供夫婦の仲がうまくいかなくて心配だとか、そういう自分にとって不都合なことが、これは自分が人間として生きているからこうなんだと、一生懸命考えて人間らしく生きようとしているし、周りも皆そうしている。そういう人間だからこそこういう不都合なことが起こるんだと。だからこれは人間として当然のことなんだ。人間として生きている証しなんだというふうに受け止める。

 そして、不都合に感じることもあるけれども、少なくとも今自分は健康ではないか、ちゃんと仕事もあるではないか、というのは感謝に値することです、ですから、その不都合さに目を奪われるのではなく。感謝できる事柄の方にしっかり目を向けることができるのが、人生の実力なんだろうなと思うんです。

(佐世保の散弾銃乱射事件はなんとも悲惨なことだ、鬼畜によって人生が突然消えて無くなってしまった。遺族や、周りの人々は、こんな不都合をどう受け止めればいいのだろうか・・・・・・辛いなぁ。)

 こうやってだらだら、ながなが、思いのまま、まとまりもなく、書いてしまったけど、自分にも不都合なことが結構あるんだよね。ここには書けないけど。今の生活から180度変わる事だって、やろうと思えばやれるんだ。けど、それは、周りの人間にとっては不都合なことだろうなぁ。

 だから、我慢しながら・・・・じゃなくて、生きている証なんだと受け止めて、プラスに持っていこう!(^.^)・・・・・って、さんざんそう思いながら生きてきた。だけど、こんなふうに書いているということは、まだまだ、まだまだ、まだまだ、足りないんだろうね・・・・。

 欲望に身をまかせて生きる生き方でいいじゃないの。ま、そうやって生きても不都合なことはいくらでもあるだろうけど。でもさ、それじゃ、負け犬人生だと思うし、死ぬときも相も変わらずこんな事考えながら死んでいくかも知れない。

はるかなる道。
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