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読書百篇

2009 - 01/08 [Thu] - 20:40

 月刊「致知」の2009年1月号に「読書百遍(ひゃっぺん)」という記事が載っていた。読書百編というのは、 "読書百遍にして義自(ぎおの)ずから見(あらわ)る" 書物を百回も読めば、そこに書かれている意味も自然に明らかになる、という意味だそうな。

 中国の昔、「とうぐう」という、なかなかの勉強家の人がいたそうな。

 人々が競って自分の才能を有力者たちに売りつけ、楽な生活をしようとしている中で、彼は心動かされることなく、拾い集めた自生の稲を背負って売り歩きながら、常に書物を手から離さず暇さえあれば読んでいた。

 弟子入りを願い出たものに彼は言った。
 「私に学ぶよりも君自身でまず一冊の本を何度も何度も読み返しなさい 」
 といって断った。人に聞かなくてもおのずから意味がわかってくるものであるから、と。

 「そう言われましても,手っ取り早く知りたいのです。とてもそんな暇はありませんから」
 「いやいや、三つの余りがある。そのとき読めばよい」
 「三つの余りとは,いつのことですか」
 の問いに彼は答えた。
 
「冬は歳の余り,夜は日の余り,雨の日は時の余り(これらのときは外に働きに出ることができないから)」


モレスキンに書いた二宮金次郎 二宮金次郎のように寸分の暇もないと思われる忙しさの中で、手に本を持ったまま労働にいそしむ姿、つまり、読書というものは必要を痛感すれば時間などというものは幾らでも、いつでも出てくると書かれている。

"カネがないから本を買えない。暇がないから本が読めない"など、読む気のないもの口実に過ぎない。

と。
 考えてみれば、貴重な時間を無駄にすごしてきてしまったものだと思う。今は、本を読む時間を取るように努力している。晩酌をしないのもその一つとなっている。いぜんの自分では考えられないことだ。

 二宮金次郎の挿絵があったので、モレスキンのメモ帳に書いてみた。こうやって、その気になれば読書は勉強はできるはずだ。
 

 "読書万巻初めて神に通ず"
 万巻の書を読破して、初めて文や詩を書くことも神業のように素晴らしくなる。
 
 <中略>
 
 読書はご飯を食べるようなものである。十分に食べる人がすくすくと成長するように、十分読書する人は人格や学識を高めることができる。なおざりにご飯を食べる人が病気にかかるように、中途半端な読書はかえって害になる。


 今夜も読書をして勉強しよう。なにか、いま、まとまり続けているんだ。そう、自分がやるべき事、できることがね・・・・・。
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