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今日、ホームレスになった--あるビルオーナーの転落人生

2008 - 11/19 [Wed] - 20:25

今日、ホームレスになった―15人のサラリーマン転落人生今日、ホームレスになった―15人のサラリーマン転落人生
(2008/08/20)
増田 明利

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 帯の裏側に書かれている一文が問いかけてくる。 

「なぁ、あんた・・・・、自分は関係ないって顔してるけど、半年前まで、俺もあんたと同じだったんだよ」

ぅ~む、確かに自分だっていつホームレスになるか分からないかも・・・・。

 この中の話で、『ビルオーナーの転落』と題して、49歳・元ビルオーナー兼飲食店経営者だったホームレスの話が載っていた。

現住所: 都内の図書館、公園を転々。
生活状況: 週に2,3回建築現場の日雇い仕事、月収8万円ほど。すし職人として働けるところを探しているが、不調。

 彼は自社ビルを持ってテナント賃貸収入を得ていた寿司職人だった。そう、バブルのころのお話。

「わたしのところは祖父さんの代から土地もちでしてね。」

 お祖父さんは乾物問屋、お父さんは寿司屋を営んでいて、若いころは他の店にも修行に行って駅前の寿司屋をついだ。そして、駅前開発の話が持ち上がる。

 不動産屋やデベロッパーが土地を売ってくれと何度もたずねてくる。周りの商店主は坪2000万円とかで売ったような話が聞こえ、町の様子も変わってきたけれど、取り合わなかった。寿司屋が順調だったからだ。そのとき

「あれは冗談のつもりなんだ」と言っときゃ良かったんだけど銀行屋ってのは本当に口がうまいんだよ。ついのせられてしまいました。」

 昼飯を食いに来た若い銀行マンに、ここをつぶしてビルでも建ててみるかと一言いったら、翌日上役と一緒にたずねてきた。

 約60坪の土地が売れば16億円。これを効いてすっかり舞い上がってしまった。ビルを建てるなら60%の9億6千万円の融資をしてくれる。

 さらに、建設会社も銀行マンといっしょにきて、5階建て、有効面積180坪、1階で寿司屋を続け、2階から5階まで賃貸にする。坪2万円として、4フロア全部埋まれば月に280万円、年3300万円の家賃収入となる。系列の不動産会社を通じてテナントを連れてくるので安定収入と銀行マンは進める。

 建てなきゃ損でしょ、と、2ヵ月後には印を押した。建築費は6億円、さらに、自分の家族が住むマンションと母が住むマンションを2戸、2億8千万円の銀行融資で購入。その他いろいろの費用も借りて、銀行から借りたのは全部で9億円!

「金利は低かったし、周りの知り合いも別荘を買ったとか家を建て替えたなんて自慢話をしていた。だから自分も甲斐性のあるところを見せたかったんだ。」

 寿司屋を再開したときは、美容院、ソフトウェア会社、お菓子輸入の貿易会社、税理士事務所が2ヶ月のうちに入ってきた。

 ワンフロア35坪で月70万円、4階分で月280万円の賃貸収入。ローンは短期で返済にしたかったため、月220万円の返済にした。でも、寿司屋の収入があったのでまったく苦にならない。

 これからは、生活が派手になるお決まり?のパターン。電車でいいのに通勤用にBMW、駐車場は月6万円、ハワイ、オーストラリアに家族で海外旅行。

 商売は殿様商売に変化。出前はお断り、昼の低価格ランチと違って、夜のメニューは8千円と1万円コースのメニューだけ、でも、景気が良かったから客足は落ちなかった。

 でも、バブルが崩壊した1年後、美容院は出て行く、貿易会社は倒産、その後、テナントの出入りが激しくいつも満室ではなくなった。とうぜん、220万円の返済はできないので銀行と相談して200万円に減額をしてもらうが返済年数は7年延びた。

戦国武将「まさか」の凄い戦略―知将はいかにして生き残ったか? (知的生きかた文庫 く 22-1)戦国武将「まさか」の凄い戦略―知将はいかにして生き残ったか? (知的生きかた文庫 く 22-1)
(2008/03/19)
楠戸 義昭

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 そうさ、世の中「まさか」ってことがあるんだよ。でもさ、基本的に転落人生を歩む人だよこういう人ってさ。読書もしてないから、もう、流されていくしかないんだろう、まさかのときの戦略もないままに・・・・。「一流の男、二流の男」 の著者に知られれば、一喝されて無視されることだろう。

 平成7年ごろになると、テナントの補充ができなくなった。賃料を3割下げても、ワンフロア35坪のペンシルビルでは、フロアを40坪、50坪に分割して、設備も良いし、警備員も常駐している、大きなオフィイスビルにはかなわなかった。

「こんな状態ですから銀行に泣きついて、再度1ヶ月の返済額を120万円に減らしてもらいましたがそれでも返すのがきつく、利息を払うだけで精一杯ということが何度もありました。」

 本業の寿司屋も駄目になってしまったのは、平成9年ごろ。さらに、2階から5階まですべて空室になってしまった。それでも、寿司屋の収入で利息分だけでも払っていた。

 平成12年ごろ利息も払えなくなり、銀行から目黒のマンションとビルを差し押さえられる。そのときの借金残高は7億円以上・・・・・。このとき、奥さんは、喧嘩して2人の男の子と出て行ってしまう。その後、離婚が成立。いま、どこで暮らしているかも知らない。

 ビルもマンションも競売にかけられ驚くほどの安値であったが買い手が付かない。土地と建物で27億円の評価が7億2千万円になってしまった。

「10年近くも何をやっていたのかと虚しくてなりませんでした。銀行員におだてられ、いい気になったのがいけなかった。ビルなんて建てなきゃ良かったよ。借金を払うためにどれだけ苦労したか、馬鹿みたいだよ。」

持ち帰り寿司屋のチェーン店で雇われ転調していたけれど、閉店することになって首。もと店を持っていた50近い人間は扱いにくいせいか、求人広告を頼っても雇ってもらえない。

  そして、アパートの家賃も払えなくなり家賃を滞納、家主から簡易裁判を起こされたが、お金がないので手に持つだけもって夜逃げ。「私が建てたビルは取り壊されてマンションになっていた。」と、こんな話だ。

 読んでいて、背筋が凍る思いがしたよ。自分も以前大金を手にして、湯水のように使ってしまったことがある。ほんと、1千万円とか2千万円とかぁっという間さ、影も形もなくなる。

 あのころ、今のような環境じゃなかったからね。ぃえ、賃貸しているとかそういうことじゃなくて、つまり、自分の心を落ち着かせるためにする読書とか、そういうことを話せる人間関係とか、そういう環境のこと。

 でも、この世は何が起こるか分からないからね。100年続いたリーマンブラザーズも店じまいしてしまうしね・・・・・。でもさ、「人生は非連続の連続」(このことは、後日、別の日記に書いておこう)ってころだから、今できることを精一杯やるよ。

 
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